牡蠣養殖の1年〜海から届くまでの物語

あなたの食卓に届くまで、牡蠣はどんな旅をしてきたのか

ぷっくりとした身、つるんとした食感。 口に入れた瞬間、海のうま味が広がる牡蠣。

でも、この牡蠣がどうやって育ち、どんな工程を経てあなたのもとに届いたのか、ご存知でしょうか。

牡蠣養殖は、400年以上の歴史を持つ伝統技術です。 そして同時に、最新の科学と経験が融合した、緻密な仕事でもあります。

今回は、光栄水産の牡蠣を例に、養殖の1年を追いかけます。

小さな幼生から、食卓に届くまで。 牡蠣がたどる物語をお伝えします。

春(4月〜5月)親牡蠣の準備と採苗器づくり

牡蠣養殖の1年は、春から始まります。

この時期、海の中の牡蠣は産卵の準備を始めています。 親牡蠣は、5月頃から体内に卵を持ち始めます。

養殖業者は、親牡蠣の状態を注意深く観察。 健康な親牡蠣から、質の良い幼生が生まれるためです。

同時に、夏の採苗に向けた準備が本格化します。

採苗器の準備

採苗器とは、牡蠣の幼生を付着させるための道具です。

ホタテ貝の殻と、2センチほどのプラスチックの管を、交互にワイヤーに通していきます。 これを何百、何千と作る地道な作業。

なぜホタテ貝の殻なのか。

牡蠣の幼生は、固い表面に付着する性質があります。 ホタテ貝の殻は、表面がザラザラしていて、幼生が付着しやすいのです。

さらに、貝殻にはカルシウムが含まれており、牡蠣の成長を助ける効果もあります。

完成した採苗器は、いかだに運ばれ、産卵の時期を待ちます。

夏(6月〜9月)採苗、牡蠣の誕生

夏は、牡蠣養殖で最も重要な季節です。

産卵(6月〜7月)

水温が20℃を超えると、親牡蠣が一斉に産卵を始めます。

この瞬間、海水が白く濁るほど大量の卵が放出されます。 一匹の牡蠣から、数百万個もの卵が海中に放たれるのです。

受精した卵は、約20日で幼生(ようせい)になります。

幼生の浮遊生活(約2週間)

生まれたばかりの牡蠣の幼生は、わずか0.3mm。 目には見えないほど小さな存在です。

殻もなく、裸の状態で海中を漂います。

この間、幼生は植物プランクトンを食べながら成長。 約2週間の浮遊生活を送った後、固着物を探し始めます。

採苗(7月〜9月)

この時期が、養殖業者にとって最も緊張する瞬間です。

幼生がいつ、どこに多く発生するのか。 これを見極めることが、その年の収穫量を左右します。

各県の水産試験場や漁業協同組合が、幼生の発生状況を定期的に調査。 養殖業者に情報提供を行います。

タイミングを見計らい、採苗器を海中に沈めます。

幼生は、採苗器のホタテ貝の殻に次々と付着。 これで、牡蠣の赤ちゃんが誕生します。

採苗の難しさ

ホタテ貝の殻が汚れていると、幼生は付着しにくくなります。 だから、産卵が始まるタイミングを正確に読み、できるだけ新鮮な状態の採苗器を海に入れなければなりません。

採苗に失敗すれば、その年の養殖は始められない。

養殖業者は、「毎年1年生の気持ち」と表現します。 どれだけ経験を積んでも、自然を相手にする仕事に油断はありません。

秋(10月〜11月)抑制、牡蠣を鍛える

採苗に成功した牡蠣は、次の工程「抑制(よくせい)」に移ります。

抑制とは何か

採苗器ごと、浅瀬にある「抑制棚」と呼ばれる棚に移動させます。

この棚は、干潮時には海面より上に出る高さに設置されています。 つまり、満潮時には海水に浸かるが、干潮時には空気にさらされる。

1日のうち、海水に浸かっている時間は約半分になります。

なぜ抑制をするのか

この過酷な環境に牡蠣をさらすのには、3つの理由があります。

①牡蠣が大きくなりすぎるのを防ぐ 早く大きく育てば良いわけではありません。 急激に成長した牡蠣は、翌年の夏、産卵後に死んでしまうことが多いのです。

②環境変化に強い抵抗力をつける 満潮と干潮のサイクルで、海水に浸かったり、空気にさらされたり。 この繰り返しが、牡蠣を鍛えます。

貝を開け閉めする筋肉が強くなり、環境の変化に耐えられる強い個体に育ちます。

③弱い個体を自然淘汰する この過酷な環境を生き抜けない弱い牡蠣は、この段階で死んでしまいます。 結果として、強く質の高い牡蠣だけが次の工程へ進めるのです。

坂越湾の優位性

瀬戸内海は、遠浅で干満差が大きい海域です。 坂越湾も例外ではありません。

最大2〜3メートルにもなる干満差。 この自然の力が、牡蠣を優しくも厳しく育てます。

抑制の期間は、数ヶ月から半年ほど。 牡蠣は、この間にしっかりと基礎体力をつけていきます。

冬(11月〜翌年3月)本垂下と成長

抑制を終えた牡蠣は、いよいよ本格的な成長段階に入ります。

本垂下(ほんすいか)

採苗器からホタテ貝の殻を外し、新しいワイヤー(長さ約9m)に1枚ずつ移し替えます。 この作業を「通し替え」または「本吊り」と言います。

1つの垂下連(すいかれん)には、約40〜50枚のホタテ貝を通します。

完成した垂下連は、次々といかだに吊るされます。 1つのいかだには、約600本もの垂下連が吊るされるのです。

従来の垂下式養殖

広島をはじめ、多くの産地では、この垂下式養殖が主流です。

いかだから垂下連を吊るし、牡蠣を海中で育てる。 昭和7年、広島県水産試験場によって開発された方法で、日本の牡蠣養殖を支えてきました。

光栄水産の革新、シングルシード&バスケット養殖

しかし、光栄水産では、さらに進化した養殖方法を採用しています。

それが「シングルシード&バスケット養殖」です。

通常の垂下式では、複数の牡蠣がホタテ貝の殻に密集した状態で育ちます。 光栄水産では、牡蠣を一粒ずつ分離し、専用のバスケット(籠)に入れて育てます。

バスケットは波で転がり、牡蠣は常に海水にさらされます。

この方法のメリット

一粒一粒に太陽光が均等に当たる。 海水が十分に循環し、餌が行き渡る。 汚れや老廃物が溜まりにくく、臭みが少ない。 殻の形が均一に整う。 身がふっくらと育つ。

牡蠣の成長に合わせて、バスケットを交換する手間はかかります。 しかし、この手間暇こそが、光栄水産の牡蠣を特別なものにしているのです。

冬の成長

海水温が下がる冬。 牡蠣は、グリコーゲンを体内に蓄え始めます。

グリコーゲンは、牡蠣の甘みとコクの源。 この時期の牡蠣が特においしいのは、このグリコーゲンが最大限に蓄積されるためです。

坂越湾の牡蠣は、生島の原生林と千種川の清流が生み出す豊富な植物プランクトンを食べ、日に日に身が太っていきます。

冬〜春(11月〜5月)収穫と出荷

いよいよ収穫の時期です。

朝どれの鮮度

光栄水産では、夜明け前のひんやりとした空気の中で収穫が始まります。

なぜ早朝なのか。

気温が低い時間帯に収穫することで、牡蠣の鮮度を最高の状態に保てるからです。 牡蠣は温度変化に敏感な生き物。 できるだけ冷たい状態をキープすることが、品質管理の要です。

収穫された牡蠣は、すぐに船で加工場へ運ばれます。

加工場での処理

加工場では、スピーディーかつ丁寧な作業が行われます。

殻付き牡蠣の場合

殻についた汚れを専用の機械で洗浄。 不純物を取り除き、衛生的な状態にします。

光栄水産の殻付き牡蠣は、この洗浄が徹底されているため、届いてすぐに調理できます。

むき身牡蠣の場合

熟練の職人が、一つ一つ手作業で殻を開けます。 身を傷つけないよう、丁寧に取り出します。

取り出された牡蠣は、専用の洗浄レーンへ。 流水で丁寧に洗い、不純物を除去します。

この工程により、ぬめりや汚れが取り除かれ、臭みのない牡蠣に仕上がります。

その日のうちに発送

朝収穫した牡蠣は、その日のうちにパッキングされ、発送されます。

鮮度が命の牡蠣。 一刻も早くお客様のもとへ届けることが、光栄水産のこだわりです。

冷蔵便で丁寧に梱包され、全国各地へと旅立ちます。

夏(6月〜10月)赤穂クリスタルブランの出荷

通常の真牡蠣は、冬から春にかけてが旬。 夏は産卵期に入り、身が痩せてしまいます。

しかし、光栄水産には「赤穂クリスタルブラン」があります。

8年の歳月をかけて開発された、夏でもおいしい真牡蠣。 シングルシード&バスケット養殖により、夏でも身がふっくらと太り、濃厚な味わいを保ちます。

6月から10月末まで出荷される赤穂クリスタルブランは、深いカップと濃厚かつフレッシュな味わいが特長。

これにより、光栄水産では一年を通して牡蠣を楽しめる体制を実現しています。

日々の管理、見えない努力

ここまで、養殖の1年を追ってきました。 しかし、これらの大きな工程の間にも、日々の細かな管理作業があります。

水質のチェック

水温、塩分濃度、プランクトンの状況。 毎日、海の状態をチェックします。

異常があれば、すぐに対処。 牡蠣の健康状態を常に見守ります。

付着生物の除去

牡蠣が育つ環境には、他の生物も集まってきます。

フジツボ、ムラサキイガイ、海藻。 これらが牡蠣に付着すると、成長を妨げます。

定期的に取り除く作業が必要です。

いかだやバスケットのメンテナンス

海に浮かぶいかだは、波や潮の影響を常に受けています。

ロープが切れていないか、バスケットが破損していないか。 こまめに点検し、修理します。

台風や赤潮への対応

台風が近づけば、いかだを安全な場所に移動させる。 赤潮が発生すれば、牡蠣を別の海域に避難させる。

自然災害への備えも、養殖業者の大切な仕事です。

牡蠣養殖は「海を育てる仕事」

牡蠣養殖は、ただ牡蠣を育てるだけの仕事ではありません。

海の環境を整え、生態系を守り、次の世代へつなぐ。 そんな役割も担っています。

牡蠣の浄化作用

牡蠣は1日に約200リットルもの海水を濾過します。

海水中の植物プランクトンや有機物を食べることで、水質を浄化する効果があります。

牡蠣養殖は、海をきれいにする役割も果たしているのです。

持続可能な養殖

坂越湾の環境を守ることが、良い牡蠣を育て続けることにつながる。

光栄水産では、海を汚さない養殖方法を追求しています。

生島の原生林を守り、千種川の清流を保つ。 地域の自然環境と共生する養殖を目指しています。

一粒の牡蠣に込められた物語

ここまで読んでいただければ、おわかりでしょう。

あなたの目の前にある一粒の牡蠣。

その裏には、1年という時間と、数え切れないほどの手間と、養殖業者の情熱が詰まっています。

夜明け前の収穫。 波で手を切りながらの作業。 台風の心配で眠れない夜。

そのすべてが、この一粒に込められているのです。

食べるとき、少しだけ思い出してほしい

牡蠣を口に運ぶとき。

小さな幼生が海を漂っていたこと。 干満の差に耐えて強く育ったこと。 冬の冷たい海で、栄養を蓄えたこと。 朝早くから、漁師が海に出たこと。

そんなことを、ほんの少しだけ思い出してもらえたら。

きっと、牡蠣の味わいが、より深く感じられるはずです。

まとめ

牡蠣養殖の1年は、自然との対話です。

春の準備、夏の採苗、秋の抑制、冬の成長、そして収穫。

どの工程も、自然のリズムに合わせて進みます。

光栄水産の牡蠣は、坂越湾の豊かな自然と、シングルシード&バスケット養殖という革新的な技術、そして何より、一粒一粒を大切に育てる人々の想いによって生まれています。

一年という時間をかけて、海から届く贈り物。

それが、牡蠣なのです。

ぜひ、その物語を味わいながら、光栄水産の牡蠣を楽しんでください。